「相続」という言葉は一般的ですが「遺贈」と言うと聞きなれないかもしれません。

 

  「遺贈」とは、相続人または非相続人に対して遺言により相続財産(場合によっては

 

  相続財産に加わる可能性のある財産)を与えることです。遺贈には以下の2種類が

 

  あります。

 

 

 

  包括遺贈

 

    包括遺贈とは、財産の全部または一定割合を相続人または非相続人に与える

 

  ことを言います。「全財産を甲に与える」 とか 「財産の3分の1を乙に与える」

 

  といった内容の遺言によってなされます。

 

    包括遺贈を受ける者のことを「包括受遺者」と言います。民法990条によれば

 

  「包括受遺者は、相続人と同一の権利義務を有する。」とありますので、具体的

 

  にどう遺産を分けるかについて話し合う、遺産分割協議に参加する権利を得る

 

  ことになります。

 

    非相続人が包括受遺者となる場合、相続人はこの包括受遺者を無視して

 

  遺産分割協議を行うことはできません。包括受遺者が、親族でない他人(例えば

 

  故人の見ず知らずの知人や愛人)の場合は、一緒に分割協議をすることが心情

 

  的に嫌だということもあるかもしれませんが、排除はできません。

 

    しかし、遺贈は放棄することができます。それで、相続人は、受遺者に対して

 

  相当の期間を定めて遺贈を承認するか放棄するかを催告することができます。

 

  受遺者が遺贈を放棄する場合、その遺贈は、遺言者の死亡時に遡って無かった

 

  ことになり、遺贈の目的となっていた財産は相続人に帰属します。ただし、遺言者

 

  が遺言で別段の意思を表示したときは、その意思に従います。(民法995条)

 

 

 

   特定遺贈

 

    特定遺贈とは、遺産中の特定の財産を明示して相続人または非相続人に

 

  与えることを言います。「A不動産を甲に与える」 とか 「金3000万円を乙に与え

 

  る」 といった内容の遺言によってなされます。

 

    特定遺贈の場合、包括遺贈の場合と違って非相続人である特定受遺者との

 

  遺産分割協議の問題は生じません。遺言によってすでに与えるべき財産の内容

 

  が決まっているからです。

 

    特定受遺者も包括受遺者の場合と同様、その遺贈を放棄することを選ぶこと

 

  もできます。

 

 

 

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  【遺贈に関して注意すべきこと】

 

 

    受遺欠格者

 

    民法によると相続欠格に関する規定は受遺者についても準用され、遺贈を

 

  受けられない(通常は既に遺言中に遺贈の記載がなされていて、その後受遺

 

  者となるべきだった者が欠格事由に該当するようになり、遺言が撤回されない

 

  まま遺言者が亡くなるような場合に問題となると思われます)ことになる場合

 

  も生じ得ます。

 

 

  民法891条: 次に掲げる者は、相続人になることができない。

 

          一  故意に被相続人又は相続人について先順位若しくは同順位

               にある者を死亡するに至らせ、又は至らせようとしたために、

             刑に処された者

 

          二  被相続人の殺害されたことを知って、これを告発せず、又は

              告訴しなかった者。ただし、その者に是非の弁別がないとき、

              又は殺害者が自己の配偶者若しくは直系血族であったとき

             は、この限りでない。

 

          三    詐欺又は強迫によって、被相続人が相続に関する遺言をし、

             撤回し、取り消し、又は変更することを妨げた者

 

          四   詐欺又は強迫によって、被相続人に相続に関する遺言をさ

              せ、撤回させ、取り消させ、又は変更させた者。

 

          五   相続に関する被相続人の遺言書を偽造し、変造し、破棄し、

              又は隠匿した者

 

  

 

  そして、民法965条によって、上の条文が受遺者にも準用されます。

 

 

  民法965条: 第八百八十六条及び第八百九十一条の規定は、受遺者につい

            て準用する。

 

 

  ですから、891条の「被相続人」を「遺贈者」に読み替え、本文の「相続人」を「受遺者」に

 

  読み替えればよいということになります。

 

 

  

    しかし、遺言者が、受遺欠格者となった者に対して、その欠格の事実を知り

 

  ながらなお遺言によってその者を受遺者とする場合はどうなるでしょうか。

 

  相続人の廃除(民法892条、893条)は被相続人の意思によって効果を生じさせ

 

  るものですが、それに対して欠格の効果は法律上当然に生じるものであり、

 

  被相続人の意思で調整することが(少なくとも法律上・手続上)できません。

 

  それで、多数説は、受遺欠格者となっていることを知りながら為した遺贈は当然

 

  無効であるとの立場をとっています。しかし、このような場合には明らかに

 

  欠格者を許す(宥恕=ゆうじょ)意思があることが示されるということであり、

 

  この遺贈を認めるべきである、という説もあります。法律は生きた人間の意思に

  

  よって実際に則したものとすべき、というわけです。

 

 

    もし、すでに受遺欠格者となっている者に対して(宥恕の意図を込めて)遺贈

 

  したい場合、遺言の付言事項に「受遺欠格者となっている○○は許してやりたい」

 

  等、はっきりとその旨を記しておくことで、他の相続人や受遺者も納得してくれる

 

  かもしれません。

 

 

  公序良俗に反する遺贈

 

    例えば、既婚者であるAがその愛人であるBに全財産を遺贈する旨の遺言

 

  を遺すとします。相続人である配偶者Cはこの遺贈が反道徳的で公序良俗に

 

  反するものとして否定することができるでしょうか。

 

 

    この遺贈を完全否定することを論じる前に、まず配偶者Cには「遺留分」と

 

  いう救済の道が保証されています。一定の相続人に保証された最低限の取り分

 

  のことで、この場合は全財産の4分の1が保証されます。よって、配偶者Cが愛人

 

  Bに対して「遺留分減殺請求権」を行使すれば、この4分の1を取り戻すことが

 

  できます。問題は、遺贈そのものを否定して、遺留分以上の財産を取り戻せるか

 

  ということです。

 

 

    原則として、取り戻すことができないと考えるべきです。そもそも遺留分の制度

 

  がすでにこのような場合を想定して相続人の生活を保障するためのものです。

 

  そのようにして、この遺留分を侵害しない程度なら自己の財産をどのように処分

 

  するかは自由に決定できるべき、という現代民法における「財産の個人所有」の

 

  理念が保たれているのです。

 

 

    しかし、実際にはこういった公序良俗に反する遺贈を否定した下級審判例も

 

  あるようです。実のところ、もし裁判で争うことになるとすれば、この遺贈がどの

 

  ような理由でなされなのか、すなわち愛人Bとの関係を維持したがためになされ

 

  たのか、それとも愛人Bの生活状況が厳しいゆえに自己の死後の生活を保障

 

  するためになされたのか、といった点が問題とされることでしょう。さらに、配偶者

 

  との関係がすでに夫婦としての実体を伴っていない状態になっていたとかその

 

 

  経済状態によっても変わってくることでしょう。